夏野の驚異の部屋

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歪んだ肖像画・根源的な不安の描写 20世紀の巨匠 フランシス・ベーコン

どうも皆さんこんにちは。

今度は西洋美術の記事です。

篠虫です。

 

 

今回は、現代芸術に多大な影響を与えた画家フランシス・ベーコンのお話です。

 

 

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『頭部Ⅵ』 部分拡大

 

 

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ベーコン 1990年

 

 

経歴

 

 

フランシス・ベーコンは、1909年10月28日、イギリス・ダブリンの生まれで両親は裕福なイギリス人プロテスタントでイギリス併合時代のアイルランドではアングロアイリッシュ支配階級に属していました。

一家は、イギリスとアイルランドを行き来し、元陸軍昇降の父は競走馬の訓練士として生計を立てていました。しかし一家は独立アイルランド国家の誕生によって発生した政治的混乱に翻弄されます。

ベーコンは若い頃のこうした経験から、人生の影の部分を意識するようになったと感じていましたが、その後、スペイン内戦・第二次世界大戦・広島長崎の原爆、発覚したホロコーストの恐怖、さらにソ連とアメリカを中心とした冷戦への不安や大戦後の独立戦争などを目の当たりにしたことが、より一層意識を強くさせました。

 

後にベーコン本人が語ったこと以外に当時の彼の内心を示す物的証拠は驚くほど少ないです。1920年代後半以降の交流関係や旅先、愛読書、写真などはほとんど残されていません。

わかっている数少ない事実は、彼が20歳の時、ベルリンとパリを訪れ、同性愛者としての居場所を見つけると同時に、セルゲイ・エイゼンシュテインのような映画監督やピカソのような画家の作品と出会ったことです。

1926年、ベーコンは活動拠点をロンドンに置くことで、父親からの非難から逃れ同性愛者であることを公にもしました。

19279年~38年頃まで家具とインテリアのデザイナーとして仕事をする傍ら、34年にトランジション・ギャラリーで最初の個展を開きます。しかし、全く作品は売れずベーコンは失望します。その後も個展の参加に断られたり、仲間と共同で展覧会を開催したりしましたが、この時期の作品の細かい記録は残っていません。

 

1939年頃、第二次世界大戦中もロンドンに住んでいたが、持病で兵役を免除され民間空襲警報員として働くも喘息を理由に辞めざるをえなくなる。

1942年頃にはロンドンのサウス・ケンジントン、クロムウェル・プレイス七番地の新しいアトリエに移り、再び絵に打ち込みます。同時期、画家のグラハム・サザーランドと親しくなり、コレクターのピーター・ワトソンと交流のあるルシアン・フロイドといった画家達と出会います。また芸術家のイザベル・ローソンや画家で写真家のピーター・ローズ・プルハム、作家で編集者のソニア・オーウェルらと長きにわたる友人になります。

1945~6年、ベーコンが自身の芸術の出発点と見做している作品『ある磔刑の基部にいる人物像のための三習作』『風景の中の人物』(どちらも後述)などが、ルフェーブル・ギャラリーに展示されます。これにより人間の根源的な恐怖を描き出す画家として評判になります。

その後、ハノーヴァー・ギャラリーの将来のディーラー、エリカ・ブラウセンが『絵画』(後述)を買い取ります。このお金でベーコンは戦後の混乱期にあるロンドンを離れ南フランスで暮らしますが、作品制作よりギャンブルに熱中します。

1949年には戦後初の個展をハノーヴァー・ギャラリーで開催、「頭部」シリーズを発表し、ロバート・メルヴィルやデイヴィッド・シルヴェスターといった批評家達から好意的な評価を得ます。

 

1953年、教皇イメージの作品を中心としたニューヨーク初の個展を、ダーラカー・ブラザーズ・ギャラリーで開催しました。

 

1954年にはベン・ニコルソンやルシアン・フロイドらと共に、第27回ヴェネチア・ビエンナーレのイギリス代表になります。

1957年、ハノーヴァー・ギャラリーで開いた個展で、ゴッホの自画像を元にした作品が特集され、これらの作品をきっかけに後の作品に明るい色彩が戻ってきます

1958年、これまで世話になったハノーヴァー・ギャラリーからマルボロ・ファイン・アートに移ります。マルボロはベーコンがプロとして仕事ができるように取りはからい、大きな美術館での展覧会開催に協力したり、自社ギャラリーでも定期的に展覧会を開催しました。

 

1961年、数年間アトリエや住居を転々とした後、サウス・ケンジントンのリース・ミューズに落ち着き、生涯このアトリエで生活し、制作をしました

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サウス・ケンジントンのリース・ミューズのアトリエ

1962年、テート・ギャラリーで催される大規模回顧展のために『磔刑のための三習作』を制作します。この後、大きな三幅対が作品の中心的な形式となります。この年、シルヴェスターとの初めてのインタビューが録音されます。また恋人の元英国軍パイロット、ピーター・レイシーが亡くなります。

1963年、ニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館の展覧会で世界的な名声を得ます。この年、イースト・エンド出身の前科持ちジョージア・ダイア―との関係が始まります。

 

1971年、パリのグラン・パレで大回顧展が開かれました。これは存命の画家で特に英国人画家とっては非常に名誉なことで、ベーコンにとっても最高の瞬間でした。しかし、オープニングの前夜にダイア―が滞在中のホテルで自殺します。その後3年にわたって、彼の追悼を表す三幅対の作品を描きました。

 

1975年、メトロポリタン美術館で回顧展が開かれます。ニューヨークへ赴き、アンディ・ウォーホルロバート・ラウシェンバーグなど、関心のあった画家達と出会いました。

1977~8年、パリ、メキシコ、マドリード、バルセロナで展覧会が開かれます。この頃、次第に肖像画や自画像を集中的に描くようになります。

 

1980年、シルヴェスターとのインタビュー集が発売され、87年には増補版が刊行されます。

 

1985年、テート・ギャラリーで2度目の大回顧展が開かれました。存命中に2度の大規模回顧展が開かれることは非常に珍しいことでした。この時、同じロンドンの画家達は多くが抽象画やコンセプチュアル・アートの流行に飲まれている中、ベーコンはあくまで具象的題材にこだわりました。

 

1988年、モスクワのトレチャコフ美術館で開催された回顧展で高い評価を得ます。冷戦下の東側で初の展覧会となりました。

1989年、ワシントンのスミソニアン・ハーシュホーン博物館、ロサンゼルス・カウンティ美術館、ニューヨーク近代美術館で大巡回展を開催しました。

 

1992年、4月28日、マドリード訪問中に心臓発作により死去。享年82歳。

 

 

 

 

 

 

 

画風

ベーコンの作品は、戦争や社会情勢からもたらされた不安や恐怖感が根底にあり、それらが制作に大きな影響を与えています。

全体の傾向としては、写真を元に描いた作品が多いこと。これは彼の所有していた膨大な数の雑誌や新聞の切り抜き、報道写真、知り合いの写真家から譲り受けたものなどからもわかります。ベーコンは友人など実在の人物を描くときも、その人本人を見るより写真を見た方が描きやすいと言っています。

作品の中には、元になった写真が判明しているものも少なくありません。

 

また、同テーマを元にいくつも作品を描いていることも特徴です。例えば「頭部」シリーズやベラスケスの絵画を元に描いたとされる「教皇」シリーズ(後述)、エイゼンシュテインの映画『戦艦ポチョムキン』に登場する傷ついた乳母のスチール写真などをモチーフにした「叫ぶ口」作品、特定の人物の肖像画、磔刑図、男性同士の性交などがあります。

 

肖像画は人物の顔や体がひどく歪められて描かれることが多いです。

 

 

またこの後見ていただくベーコンの作品は、あくまでも具象絵画であるとされています。ですが、我々一般人から見ると、抽象画に見えるかも知れません。

ベーコンの作品が具象であるのは、ずばり一目で何が描かれているか判別できるからです(自論)

まあ中にはよくわからないものもありますが・・・

 

基本的に抽象画というものは、具体的な用途や目的を備えた道具や人工物、自然物や生物などを、目に見えるまま描くのではなく、そこから受けるイメージや受けたインスピレーションを元にして絵画として表現されたものなのです。

 

確かにベーコンもこれに似たことをやっているわけですが、彼自身が具象絵画だと言っているのだから何も間違いは無いのです。

 

 

 

 

 

本来であれば、私がベーコンの作品には○○という意味があって~と話すべきなのですが、それには大きく2つの問題があります。

1つは、私がベーコン作品を皆さんにわかりやすく1から10まで説明できるほど精通していないと言うこと。

2つは、ベーコン本人が、自身の作品に特定の解釈を固定化しないで欲しいと考えていたことです。

 

ベーコンは、純粋な直感のままに絵を描く人だと見做されがちですが、実際は決まった作品のサイズや常に無表情な題(後に画商が説明的なタイトルをつけたりした)など厳密な枠組みがあった上で、自らのあらゆる自然発生的なイメージを詰め込んだ1枚の絵を完成させようとしていました*1

 

 

なので、批評家や専門家の意見は的を得ているかも知れませんが、それに左右されることなく自分なりの解釈の仕方を見つけることが作品を楽しむ一番のコツだと思います!

 

 

 

 

 

 

 

それでは、作品を見ていきましょう!

 

 

作品

※作品は基本的には年代順に掲載。

 

 

 

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『ラグ』毛織物 215×125cm 1929年頃 テート・ギャラリー蔵

 

 

 

 

 

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『磔刑』カンヴァスに油彩 60.5×47cm 1933年 Murderme Clolletion蔵

 

 

 

 

 

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『ある磔刑の基部にいる人物像のための三習作』板に油彩、パステル 三幅対 各94×73.7cm 1944年頃 テートギャラリー蔵

 

 

 

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『ある磔刑の基部にいる人物像のための三習作』 左パネル

 

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『ある磔刑の基部にいる人物像のための三習作』 中央パネル

 

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『ある磔刑の基部にいる人物像のための三習作』 右パネル

 

 

 

 

 

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『風景の中の人物』カンヴァスに油彩 145×128cm 1945年 テート・ギャラリー蔵

 

 

 

 

 

 

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『人物の習作Ⅰ』カンヴァスに油彩 123×105.5cm 1945-6年 スコットランド国立美術館蔵

 

 

 

 

 

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『絵画』亜麻布に油彩、パステル 198×132cm 1946年 ニューヨーク近代美術館蔵

 

 

 

 

 

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『頭部Ⅰ』板に油彩、テンペラ 100.3×74.9cm 1947-48年 メトロポリタン美術館蔵

 

 

 

 

 

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『頭部Ⅵ』カンヴァスに油彩 93.2×76.5cm 1949年 アーツ・カウンシル・コレクション

 

 

 

 

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『肖像のための習作(青い箱の中の男)』カンヴァスに油彩 147.5×131cm 1949年 シカゴ美術館蔵

 

 

 

 

 

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『人体の習作』カンヴァスに油彩 147.5×131cm 1949年 ヴィクトリア国立美術館蔵

 

 

 

 

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『磔刑の断片』カンヴァスに油彩、綿 139×108㎝ 1950年 ファンアッベ市立美術館蔵

 

 

 

 

 

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『ベラスケスに基づく習作』カンヴァスに油彩 198×137.2cm 1950年 個人蔵

 

 

 

 

 

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『教皇Ⅰ―ベラスケスによる教皇インノケンティウス10世に基づく習作』カンヴァスに油彩 198×137cm 1951年 アバディーン美術館蔵

 

 

 

 

 

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『ルシアン・フロイドの肖像』カンヴァスに油彩 198×137cm 1951年 ウィットワース美術館蔵

 

 

 

 

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『うずくまる裸体のための習作』カンヴァスに油彩 198×137cm 1952年 デトロイト美術館蔵

 

 

 

 

 

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『犬』カンヴァスに油彩 199×138cm 1952年 個人蔵

 

 

 

 

 

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『肖像のための習作』 カンバスに油彩、砂 66×56cm 1952年 テート・ギャラリー蔵

 

 

 

 

 

 

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『二人の人物』カンヴァスに油彩 152.5×116.5cm 1953年 個人蔵

 

 

 

 

 

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『ベラスケスによる教皇インノケンティウス10世の肖像に基づく習作』カンヴァスに油彩 153×118cm 1953年 デモイン・アートセンター

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モチーフになった、ディエゴ・ベラスケス作『教皇インノケンティウス10世』1650年、 ローマ、ドーリア・パンフィーリ画廊蔵

 

 

 

 

 

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『青の中の男Ⅴ』カンヴァスに油彩 198×137cm 1954年 ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館蔵

 

 

 

 

 

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『スフィンクスⅢ』カンヴァスに油彩 198×137.1cm 1954年 ハーシュホーン博物館と彫刻の庭、スミソニアン学術協会蔵

 

 

 

 

 

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『無題(歩いているデイヴィッド・シルヴェスター)』カンヴァスに油彩 151.1×116.8cm 1954年頃 個人蔵

 

 

 

 

 

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『映画「戦艦ポチョムキン」の乳母のための習作』カンヴァスに油彩 198×142cm 1957年 シュテーデル美術館蔵

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モチーフになった、エイゼンシュテインの映画『戦艦ポチョムキン』の中の保母

 

 

 

 

 

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『ファン・ゴッホの肖像のための習作Ⅲ』亜麻布に油彩、砂 198×142cm 1957年 ハーシュホーン博物館と彫刻の庭、スミソニアン学術協会蔵

 

 

 

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『ファン・ゴッホの肖像のための習作Ⅴ』カンヴァスに油彩、砂 198.7×137.5cm ハーシュホーン博物館と彫刻の庭、スミソニアン学術協会蔵

 

 

 

 

 

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『眠っている人物』カンヴァスに油彩 120×153cm 1959年 個人蔵

 

 

 

 

 

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『ミュリエル・ベルチャー嬢』カンヴァスに油彩 74×67.5cm 1959年 個人蔵

 

 

 

 

 

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『体を曲げる人物 No.2』紙にボールペン、油彩 37×27cm 1957-61年頃 テート・ギャラリー蔵

 

 

 

 

 

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『歩いている人物』カンヴァスに油彩198×142cm 1959-60年頃 ダラス美術館蔵

 

 

 

 

 

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『裸体』カンヴァスに油彩 152.4×119.7cm 1960年 フランクフルト近代美術館蔵

 

 

 

 

 

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『磔刑のための三習作』カンヴァスに油彩、砂 三幅対 各198.2×144.8㎝ 1962年 ソロモン・R・グッゲンハイム美術館蔵

 

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『磔刑のための三習作』 左パネル

 

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『磔刑のための三習作』 中央パネル

 

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『磔刑のための三習作』 右パネル

 

 

 

 

 

 

 

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68 『ヘンリエッタ・モラエスの肖像のための三習作』カンヴァスに油彩 三幅対 各35.9×30.8cm 1963年 ニューヨーク近代美術館蔵

 

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『ヘンリエッタ・モラエスの肖像のための三習作』 左パネル

 

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『ヘンリエッタ・モラエスの肖像のための三習作』 中央パネル

 

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『ヘンリエッタ・モラエスの肖像のための三習作』 右パネル

 

 

 

 

 

 

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『室内の3人の人物』カンヴァスに油彩 三幅対 各198×147.5㎝ 1964年ポンピドゥ・センター蔵

 

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『室内の3人の人物』 左パネル

 

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『室内の3人の人物』 中央パネル

 

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『室内の3人の人物』 右パネル

 

 

 

 

 

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『磔刑』カンヴァスに油彩 三幅対 198×147.5cm 1965年 バイエルン州絵画コレクション

 

 

 

 

 

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『ヘンリエッタ・モラエス』カンヴァスに油彩 152×147㎝ 1966年 個人蔵

 

 

 

 

 

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『自転車に乗っているジョージア・ダイアーの肖像』カンヴァスに油彩、パステル 198×147.5㎝ 1966年 バイエラー財団蔵

 

 

 

 

 

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『ジョージ・ダイアーの頭部のための習作』カンヴァスに油彩 35.5×30.5㎝ 1967年 個人蔵

 

 

 

 

 

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『ソーホーの通りに立つイザベル・ローソンの肖像』カンヴァスに油彩 198×147㎝ 1967年 ベルリン国立美術館蔵

 

 

 

 

 

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『ルシアン・フロイドの三習作』カンヴァスに油彩 三幅対 各198×147.5cm 1969年 個人蔵

 

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『ルシアン・フロイドの三習作』 左パネル

 

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『ルシアン・フロイドの三習作』 中央パネル

 

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『ルシアン・フロイドの三習作』 右パネル

 

 

 

 

 

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『男性の背中の三習作』カンヴァスに油彩 三幅対 各198×147.5cm 1970年 チューリッヒ美術館蔵

 

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『男性の背中の三習作』 左パネル

 

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『男性の背中の三習作』 中央パネル

 

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『男性の背中の三習作』 右パネル

 

 

 

 

 

 

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『絵画 1946年の第2版』カンヴァスに油彩 198×147.5cm 1971年 ルードヴィヒ美術館蔵

 

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左:『絵画』1946年版 右:『絵画』第2版

 

 

 

 

 

 

 

 

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『三幅対―ジョージ・ダイアーを偲んで』カンヴァスに油彩 三幅対 各198×147.5cm 1971年 バイエラー財団蔵

 

 

 

 

 

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『三幅対―1972年8月』カンヴァスに油彩 三幅対 各198×147.5cm 1972年 テート・ギャラリー蔵

 

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『三幅対―1972年8月』 左パネル

 

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『三幅対―1972年8月』 中央パネル

 

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『三幅対―1972年8月』 右パネル

 

 

 

 

 

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『三幅対―1973年5-6月』カンヴァスに油彩 三幅対 各198×147.5cm 1973年 個人蔵

 

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『三幅対―1973年5-6月』 左パネル

 

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『三幅対―1973年5-6月』 中央パネル

 

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『三幅対―1973年5-6月』 右パネル

 

 

 

 

 

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『ミシェル・レリスの肖像』カンヴァスに油彩 34×29㎝ 1976年 ポンピドゥ・センター

 

 

 

 

 

 

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『三幅対』カンヴァスに油彩 三幅対 各198×147.5㎝ 1976年 個人蔵

 

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『三幅対』 左パネル

 

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『三幅対』 中央パネル



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『三幅対』 右パネル

 

 

 

 

 

 

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『自画像のための三習作』カンヴァスに油彩 三幅対 各37.5×31.8㎝ 1979-80年 メトロポリタン美術館蔵

 

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『自画像のための三習作』 左パネル

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『自画像のための三習作』 中央パネル

 

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『自画像のための三習作』 右パネル

 

 

 

 

 

 

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『アイスキュロスのオレステイアから想起した三幅対』カンヴァスに油彩 三幅対 各198×147.5㎝ 1981年 アストルップ・ファーンリ美術館蔵

 

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『アイスキュロスのオレステイアから想起した三幅対』 左パネル

 

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『アイスキュロスのオレステイアから想起した三幅対』 中央パネル

 

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『アイスキュロスのオレステイアから想起した三幅対』 右パネル

 

ベーコンはこの絵についてこう述べています。

「ギリシャ悲劇、特にアイスキュロスや、シェイクスピアのような偉大な文学作品を読むことによって刺激を受けてきましたが、直接的に影響を受けたわけではありません・・・・・・。それらを読むと、自分も何かを生み出したいという気持ちになるのです

それは、ある種の興奮、おそらくは性的興奮にも似ているかもしれません・・・・・・。絵を描くことは説明とは無関係なのです。」*2

 

題は本人ではなく画商がつけたもの。

 

 

 

 

 

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『三幅対 1944年の第2版』カンヴァスに油彩、アクリル絵の具 三幅対 各198×147.5㎝ 1988年 テート・ギャラリー

 

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『三幅対 1944年の第2版』 左パネル

 

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『三幅対 1944年の第2版』 中央パネル

 

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『三幅対 1944年の第2版』 右パネル

 

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左:『三幅対』1944年版 右:『三幅対』第2版

 

 

 

 

 

 

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『水の噴出』カンヴァスに油彩 198×147.5㎝ 1988年 個人蔵

 

 

 

 

 

 

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『舗道の血痕』カンヴァスに油彩 198×147.5㎝ 1988年頃 個人蔵

 

 

 

 

 

 

 

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『ジョン・エドワーズの肖像のための習作』カンヴァスに油彩 35.5×30.5㎝ 1989年 個人蔵

 

 

 

 

 

 

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『肖像のための習作 1991年3月』カンヴァスに油彩、パステル 198×147.5cm 1991年 スコットランド国立美術館蔵

 

 

 

 

 

 

どうでしたか?

少しずつ作品の印象が年代を経るにつれ、変化してるのがわかると思います。

一般的に評価が高いのは、1946年の『絵画』で、活動期間の真ん中辺りが評価が高い傾向にありますね。

 

個人的に好きなのは「教皇」シリーズです。叫ぶ口もインパクトがあって良いですね。

 

皆さんにも好きな作品が見つかっていればうれしいです!

 

 

 

参考文献・サイト

フランシス・ベーコン (芸術家) - Wikipedia

 

 

フランシス・ベーコン (フォーカスシリーズ)

フランシス・ベーコン (フォーカスシリーズ)

 

 ↑ベーコンの包括的な論評と作品が数十掲載されている入門書です。

 

 

 

 

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さて、いかがだったでしょうか?

 

今回は作家の性質上あまり文量が多くならずに良かったかなと思います笑

 

ベーコンに限らず、近現代の作家の作品に関しては、様々な意見があると思います。

個人的には、それぞれの好みで鑑賞すれば良いと思うので、アートと聞いても、あまり肩肘張らない方が良いと思います!

 

 

 

それではまた!

(。・_・)ノ

 

 

 

 

 

 

フランシス・ベイコン・インタヴュー (ちくま学芸文庫)

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*1:『SEIGENSHA FOCUS フランシス・ベーコン』著マーティン・ハマー 2014年5月30日発行 (株)青幻舎 p11~12

*2:『SEIGENSHA FOCUS フランシス・ベーコン』著マーティン・ハマー 2014年5月30日発行 (株)青幻舎 p128