夏野の驚異の部屋

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突出した技量とセンス、故に”奇想”と評された画家 曾我蕭白

皆さんこんにちは。

私事を除いて、今年初の記事ですね。

篠虫です。

 

 

今回は、”奇想”の画家として有名な画家、曾我蕭白のお話です。

 

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『虎渓三笑図』部分

 

 

 

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経歴

 

 曾我蕭白(そが しょうはく)は、1730年に京都の「丹波屋」という商家に生まれました。

家族は父母・兄妹がいたようですが、いずれも蕭白が10代の内になくなっており、丹波屋も潰れ、天涯孤独の人生を送りました。

 

しかし、現存する資料の乏しさからその人物像についてあまりわかっていません

 

29歳頃と35歳頃の2度、伊勢地方を旅しており、1回目の滞在時での逸話が残されている。

蕭白は津から2里ほど離れた黒田村の浄光寺に1年ほど滞在していました。ですが、日がな1日本堂で寝てばかりいて絵なんか全く書きませんでした。ある日、朝食すらとらずに本堂から出てこない蕭白だが、いつものことだと住職は気にしませんでした。しかし、昼も夜の全く出てこないことを不思議に思った住職が本堂を覗いて見ると、そこには左右の壁面に「十六羅漢」図、欄間には「葡萄」図が描いてあり蕭白の姿はどこにもありませんでした。その画には「宝暦九曾我氏三十歳筆」と落款があり、宝暦9年(1759年)に30歳だったことがわかっています。*1

ちなみにこれらの作品は現存していません。残念・・・

 後述の『旧永島家襖絵』などは2回目の旅で描かれたとされています。

 

また33・38歳頃には播磨にも訪れています。

 

その後は1772年頃から京都に戻り亡くなるまで暮らしました。

1777年に息子が、その4年後の1月30日には蕭白もなくなりました。没51歳

 

 

 

 

 

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画歴・作風

 

絵を描き始めた時期も正確にはわからず、現存作品も制作年がはっきりするものは少ないです。 

 

直接師事した人物は複数説がありますが、確定する資料はないものの、同時代の画家高田敬輔の画風を学んだことは間違いないだろうとも言われています。

また、曲線や直線、切り立つ崖の描写は中国・北九州で活躍した雲谷派と共通していると指摘されています。

 

蕭白は自身を「我は曾我蛇足の子孫、蛇足十世」と称し、蛇足軒と号しました。曾我蛇足(じゃそく)は室町時代の漢画家のことで、蕭白は彼の一派曾我派を自称しました。濃墨を用いた荒々しい筆致で描くデフォルメした岩石や樹木は、蛇足の画風に影響されたと考えられています。

 

太い墨線や無法・ユーモアに富んだ表現は、個性的な仏画で知られる白隠から得たともされています。

 

 

他の画家との交流は、知られている限りだと、同じ京都在住の南画家池大雅と親しい仲でした。

一方、写実で知られる円山応挙のことはライバル視していたようで、「画が欲しいなら自分に頼み、絵図が欲しいなら円山主水(応挙)が良いだろう」と話していたようです。*2

 

 

蕭白の作品は江戸時代からすでに、「狂気」「異端」との認識があったことが当時の画史からわかります。

とは言うものの、円山応挙や池大雅ほどではないにしろ、世間には受け入れられていたのも事実です。彼を慕う画家も多くいて人気もありましたが、時代を経るごとにその存在は歴史に埋もれていってしまいました

 

 

1回目の再評価は明治時代、とりわけ来日した欧米人に高く評価されました

フェノロサ ビゲローはその代表です。

両者とも明治期の日本美術史において重要人物で、以前の記事でも何度か登場しましたね。

フェノロサは、お雇い外国人として来日し、岡倉天心とともに日本中の自社の調査や文化財の保護、東京藝術大学の前身東京美術学校の設立に尽力しました。大量の日本美術コレクションと共に帰国、ボストン美術館の東洋美術部門で日本美術の紹介に努めました。

ビゲローは、フェノロサと共に来日して天心を援助、美術品の収集に努め、帰国後はボストン美術館の理事に就任。フェノロサと同じく数多くの重要な日本美術品をアメリカへと持ち帰ったことで知られています。

 

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左:アーネスト・フェノロサ(撮影年不詳)/右:ウィリアム・スタージス・ビゲロー(1896年頃?)

(写真はWikipediaよりアーネスト・フェノロサ ウィリアム・スタージス・ビゲロー)

 

彼らは明治時代には忘れられ、行方知れず・破損していた蕭白作品を集めたことも評価されています。しかし、結果として多くの蕭白作品は海外へ流出し、2人が寄贈した故に、ボストン美術館は世界最大の蕭白コレクションを有しています。

 

 

それから2度目の再評価は今から50年前、1968年に『美術手帖』で連載されていた辻惟雄氏の「奇想の系譜」で紹介されたことにより、伊藤若冲長沢芦雪らとともに大きく注目を浴びました。

 

江戸時代の中でも奇抜で異色な画家として”奇想”の側面が強く印象づけられ、偏った評価をされているため、多角的な研究が必要との意見もあります。

 

 

 

作風ですが、画題は主に中国故事をベースとした作品が目立ちますが、超正統の水墨技術で異様な景色を描いた山水画や、嫌悪感さえ抱くほど醜悪な人物画なども多いです。

目に悪いほど強烈な色彩を用いたかと思えば、墨の濃淡のみで豊かな風景を描写したりと色彩の幅は広いです。

 

 

個性的な画風に目が行きがちですが、その根底には確かな画力があり、だからこそ自らの描きたいように描くことができたのでしょう。

 

 

 

それではいよいよその素晴らしい作品を見ていきましょう。

 

 

 

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作品

※いつも通り、わかる範囲でキャプションを書きました。

掲載は、可能な限り制作年順。

 

 

 

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『塞翁飼馬・蕭史吹簫図屏風』紙本墨画 六曲一双うち左隻 1758年 154.5×337.6 三重県立美術館蔵

画題は、秦代の笙(小さな竹管を編んでつくった笛)の名手で、蕭史と、「塞翁が馬」で知られる塞翁を画題とした作品。画像はそのうち左隻の蕭史の画。

 

蕭史が穆王の娘を妻とし、2人で笙を吹くと鳳凰が飛んできた。その後、妻は鳳凰となり、蕭史は龍に乗って天に昇り去ったという話。

 

画面には、蕭史と童子、2人の目線の先には松の上でたたずむ鳳凰が。上から枝を出すのは梅、松の根元左には竹という”松竹梅”が描かれているのも、蕭白のこめた寓意があると考えられます。

 

 

 

 

 

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『龐居士・霊昭女図屏風(見立久米仙人)』 絹本墨画 六曲一隻 1759年 ボストン美術館蔵(ウィリアム・スタージス・ビゲロ―コレクション)

龐居士は中国唐代の隠者・龐蘊(ほううん)(?~808年)のことで、莫大な財産を破棄した後、郊外の庵で竹製品を作って、娘の霊昭女がそれを売って生計を立てていたという話が画題です。禅宗絵画の主題としてよく知られており、この絵では竹を編む龐蘊と川辺で足先を冷やす霊昭女の談笑する様子が描かれています。

 

霊昭女が足を出す描写は珍しく、川で洗濯をする娘の足に黄を足られ法力を失った久米仙人の逸話に通じるものがあるとされ、蕭白の何らかの意図が感じられます。

 

画中の衝立には唐代の禅僧・普化の姿と蕭白の落款があります。普化は諸国を遊行した奇僧と知られており、その姿の横に自身の落款を書くことにより自己を投影したと考えられます。*3

 

 

 

 

 

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『蝦蟇・鉄拐仙人図』絹本墨画 2幅 1760年頃 ボストン美術館蔵

 

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『蝦蟇鉄拐図屏風 部分』紙本墨画 六曲一双 各81.8×349.0cm 東京国立博物館蔵

中国の仙人を主題にした作品。


左が李鉄拐(鉄拐李)、中国でも代表的な仙人で、八仙の一人。杖を持っているのが特徴。右が蝦蟇仙人、中国ではマイナーだが日本では昔から人気がある仙人。三本足の蝦蟇・青蛙神(せいあじん)を従え妖術を使う。特に関係はないもののこの2人の仙人はセットで描かれることが多い。

 

上の掛軸2幅、仙人の顔はいかにも蕭白らしい。上空に煙を吐く鉄拐と、桃を持ち身体を大きく曲げて蝦蟇と戯れる蝦蟇仙人の対比は面白いです。

特に蝦蟇の顔は仙人とは対照的に可愛らしい。

 

下の屏風、顔つきや服装に差異が見られます。左の鉄拐は掛軸版と同じく煙を吐き杖を持っていますが、こちらは髭が生えています。一方蝦蟇仙人は桃は持っていますが蝦蟇は見当たりません(屏風の部分画像なので画面外にいる可能性あり)

 

上の画と比較すると下の作品の方が筆致からより荒々しさが感じられます。

 

 

 

 

 

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『雲龍図』紙本墨画 8面 1763年 165.6×135.0cm ボストン美術館蔵(ウィリアム・スタージス・ビゲロ―コレクション)

 

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『雲龍図』 左隻

 

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『雲龍図』 右隻

龍は縁起の良い画題として古くから好んで描かれてきました。雲と龍の組み合わせは定番中の定番。

 

本図は寄贈当初の1911年には4枚のまくりとしてボストン美術館に収められていました。後年の辻惟雄氏の研究により、かつては8面からなる襖絵であることが提示され、その後の修復時に本来の形態に仕立て直されました。

 

元々は本堂の内陣をこれらの8面と間に胴体部分を描いた画が存在し、頭と尾が向かい合うように配置されていたとされています。しかし、現在では消失しており、本図の伝来も伝わっていません。*4

 

迫力ある龍の顔と尾のうねり勢い良く描かれた雲の表現は見事です

 

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『雲龍図』 左隻右半分

 

 

 

 

 

 

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『群仙図屏風』紙本著色 六曲一双 1764年 文化庁蔵 重要文化財

 

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『群仙図屏風』 左隻

 

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『群仙図屏風』 右隻

 蕭白の代表作の1つ。中国の道教の説話集『列仙伝』に出てくる8人の仙人が描かれている。

 

左から順に、左隻に描かれているのは桃を眺めながら休む西王母、大きな白い蝦蟇を背負いながら美女に耳掃除をしてもらっている蝦蟇仙人、水を張った大桶にいる鯉を手にする左慈、全く可愛くない子供達に囲まれ、赤児を抱えて鶴の前に立つ林和靖、右隻には、龍に乗る青い装束の呂洞賓、笠を首から提げて片手を挙げて杖を持つ李鉄拐、赤い装束で笙を吹く蕭史、右端で腰の袋に薬草らしき枝を入れ遠くを見る医師・董奉(麻衣子、扁鵲とも)という豪華な作品。

 

この屏風は京都の大名である京極家の伝来といわれており、龍や鳳凰、鶴や亀、仙人や唐子は長寿や富貴を、鯉は龍になるという出世を象徴するなど縁起の良いモチーフが数多く描かれています。そのため若君の誕生を祝った画ではないかと言われています。*5

簫白には珍しく、純度の高い岩絵具が大量に使われている大作である点も大名の縁起物であることを示しています。

 

派手な色彩、豪快な筆致、仙人達の強烈な表情、どれをとっても他人には描けない凄まじいエネルギーに溢れる日本美術の傑作。

 

個人的にも好きな作品です。初めて知ったときの衝撃は今も覚えています。

 

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『群仙図屏風』左隻 うち西王母と亀

 

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『群仙図屏風』左隻 うち耳掃除をする女と白蝦蟇と蝦蟇仙人

 

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『群仙図屏風』左隻 うち2羽の鶴と左慈

 

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『群仙図屏風』左隻 うち林和靖と赤児

 

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『群仙図屏風』右隻 うち呂洞賓と龍

 

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『群仙図屏風』右隻 うち李鉄拐

 

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『群仙図屏風』右隻 うち蕭史と鳳凰

 

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『群仙図屏風』右隻 うち董奉(麻衣子、扁鵲とも)と虎

 

 

 

 

 

 

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『雪山童子図』紙本著色 1幅 1764年 170.3x124.6cm 三重県継松寺蔵 三重県指定文化財

釈迦の前世の逸話が主題。

 

説法を聞かせてくれた鬼に自らの肉体を捧げるため木の上から飛び降りたという、釈迦の自己犠牲を表す話の1つのことです。

 

赤い腰布を巻いて木の枝に乗り、これから飛び降りようと身構えるまだ子供の釈迦と、それを今か今かと待ち受け大きな口をあけにやりと笑う青鬼が対照的に配置されている。

 

濃い色と色が目を引く。特に鬼の描写は鑑賞者の目に焼き付くほどインパクトが大きいです。

 

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『雪山童子図』 青鬼

 

 

 

 

 

 

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『風仙図屏』紙本墨画 六曲一隻 1764年頃 167.4×95.3cm ボストン美術館蔵(フェノロサ・ウェルドコレクション)

 

これまた仙人の画。

霊力を持つ男が剣を振るい、渦巻く旋風で表されたと戦っている場面が描かれています。

 

この人物は南宋の伝説的な道士で、龍を退治して嵐と共に恵みの雨をもたらした陳楠(ちんなん)であると考える説もあります。*6

 

この作品はフェノロサが日本に滞在した1878年から86年の間に手に入れたものです。*7

 

人や物を軽く吹き飛ばすような嵐の中、笑いながら立ち向かう男と逃げ惑う後方の2人の従者、右奥には今にも飛ばされそうなウサギが2羽隠れています。

 

 

蕭白らしい豪快さと奇妙さ、そして人物表現のユーモアが感じられる作品です。

 

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『風仙図屏風』 飛ばされる従者2人と逃げるウサギ2羽

 

 

 

 

 

 

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『飲中八仙図』紙本墨画 1幅 1770年頃 167.4×95.3cm ボストン美術館蔵(ウィリアム・スタージス・ビゲローコレクション)

 

蕭白お得意の中国の逸話が主題です。

「飲中八仙」は官吏としての人生から離れること、つまり脱俗を宣言した文人達のことで、彼らは田舎へ隠遁し、飲酒にふけったという話。

 

画中では文人達がかなり酩酊して盛り上がっている様子が描かれている。

画面奥には、働く俗世の人々が描き込まれ文人達の暮らしぶりとは真逆の立場に存在しています。

 

中央には「出生釈迦図」が描かれているが、これは釈迦が悟りに至る過程で苦行をやめる決意をして最終的に山を出る場面である。釈迦の行動が、放蕩した営みに身を任せ楽しむ八仙との対比になっています。

 

 

 

 

 

 

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『恵比寿図』絹本墨画 1770年 133.4×53.3cm メトロポリタン美術館蔵

水墨の掛軸、画題は七福神の1人、恵比寿

 

池か川の畔、自ら立てた簡素な小屋に入り、魚を入れるかごを引き上げる様子。

 

墨の濃淡を使い分け、硬く削られたような足下の岩、長く着ているであろう着物、穏やかに笑う恵比寿の輪郭、迷いなく描かれた葉、夜空に浮かぶ月、全て組み合わさり綺麗に構築された画面となっています。

 

 

 

 

 

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『寿老人図』絹本着色 18世紀後半 メトロポリタン美術館蔵

こちらは同じく七福神から寿老人がモチーフ。

 

構図もどことなく似ています。こちらは船に乗る寿老人が水面から亀を掴み挙げる瞬間が描かれています。画面右には松、梅、下には竹が、空には鶴が、寿老人の隣には白い牡鹿も乗っており、全体的に縁起物として描かれているのがわかります。

 

 

 

 

 

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『山水図屏風』 六曲一隻 18世紀後半 ボストン美術館蔵(ウィリアム・スタージス・ビゲロ―コレクション)

 

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『山水図』紙本墨画 18世紀後半 134.8×55.9cm 東京国立博物館蔵

 

別時期に描かれた簫白の山水図を続けて紹介しました。

 

先に紹介した派手な色彩の画と比べるとおとなしい、正統派の水墨画であることがちょっと違和感を覚えるほどです。

自身が師と仰いだ人物が漢画の曾我蛇足だったことも水墨画の技量を持つ理由の1つかも知れません。

 

 

 

 

 

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『旧永島家襖絵 うち狼狢図』紙本墨画淡彩 3面 三重県美術館蔵

 

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『旧永島家襖絵 禽獣図』紙本墨画淡彩 4面 各171.5×85.6cm 三重県立美術館蔵 重要文化財

 

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『旧永島家襖絵 牧牛図』紙本墨画 4面 各171.5×86.0cm 三重県立美術館蔵 重要文化財

 

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『旧永島家襖絵 波濤群鶴図』紙本墨画淡彩 6面 各171.5×85.6cm 三重県立美術館蔵 重要文化財

 

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『旧永島家襖絵 波に水鳥図』紙本墨画 6面 各171.5×85.7cm 三重県立美術館蔵 重要文化財

 

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『旧永島家襖絵 瀟湘八景図』紙本墨画 8面うち4面 各171.5×86.0cm 三重県立美術館蔵 重要文化財

 

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『旧永島家襖絵 竹林七賢図』紙本墨画 8面のうち4面 各171.0×86.0cm 三重県立美術館蔵

 

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『旧永島家襖絵 松鷹図』紙本墨画淡彩 5面 各171.5×86.0cm 三重県立美術館蔵

 

『旧永島家襖絵』は1764年頃、蕭白2度目の伊勢旅行の時に描かれた、三重県明和町斎宮の永島家に伝来したものです。

これほどの大作を依頼できるのだから相当なお金持ちだったのでしょう。

 

名前の通り、元は襖絵で『狼狢図』3面『禽獣図』4面『波濤群鶴図』6面『波に水鳥図』6面『瀟湘八景図』8面『竹林七賢図』8面『松鷹図』5面、計44面になります。

どれも伝統的な画題で、動物や山水画、仙人が描かれています。

 

基本どの絵も水墨画で、自由奔放な筆遣いが随所で見られます。

 

 

絵具の剥落や染み等が目立つため保存状態が良いわけではありませんが、蕭白を代表する作品には間違いありません。

 

 

 

 

 

 

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『許由巣父図』紙本墨画 4面 171.5×86.0cm 三重県立美術館蔵

 

中国の伝説が主題。

画面右上で聞き耳を立てているのが許由、中央で牛を引っ張っているのが巣父(そうほ)。

 

その人格の高潔さで有名だった許由の話を聞いた時の帝が彼に譲位しようとするが、それを聞いた許由は水辺に行き、「汚らわしいことを聞いた」と自らの耳をすすいだ。

同じく帝から譲位を申し出られた1人の巣父が同じ水辺に訪れ、牛に水を飲ませようとしたが、許由が耳を洗うのを見て「汚れた水を牛に飲ませるわけには行かぬ」とその場を離れてしまった、という話。

 

昔から書画の主題として人気があったようです。

 

 

 

 

 

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『近江八景』絹本墨画 六曲一隻 18世紀末 116.8x396.2cm メトロポリタン美術館蔵

 

近江は今でいう滋賀県の辺りのこと、近江国を指します。

その中でも近江八景が題材です。先に挙げた中国の「瀟湘八景図」を元に制定されたと言われています。

 

 

景色の描き分け、湖と山々、樹木と家が描かれています。山は薄墨でおおらかに右手前の近景は細かく描き込まれているとわかります。

 

 

 

 

 

 

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『峨山南宗賛 天台山石橋図』絹本墨画 1779年 114x50.8cm メトロポリタン美術館蔵

 

中国の山景と故事を元にしています。

 

おそらく「獅子は我が子を千尋の谷へ落とす」という話を描いています。

崖の上にいる母獅子が2頭の我が子を突き落とし、周囲ではたくさんの獅子が待ち受けています。

よく見ると崖の下から上部にある石橋まで獅子がびっしり張り付いていてちょっと怖いです…

 

雲谷派を元にした、切り立った崖の描き方がこの絵にもよく見られます。

 

 

禅僧の賛が上部に入っています。

 

 

 

 

 

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『夏景山水図』紙本墨画 134.8×41.8cm 三重県立美術館蔵

 

 

 

 

 

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『楼閣山水図屏風 』紙本墨画 六曲一双 左隻:159.3×346.0 右隻:158.9×346.4cm ボストン美術館蔵(フェノロサ・ウェルドコレクション)

 

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『楼閣山水図屏風 』 左隻

 

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『楼閣山水図屏風 』 右隻

 

この作品は、先述した蕭白が雲谷派を学んだ間接的な証拠が見て取れます。

 

左隻の垂直に立ち上がる岩山の形、その所々に配された樹木、線を重ねるように作られた岩肌を表すしわなど、雲谷等顔の山水図↓を原型にする特徴を、本図から見ることができます。

 

本図はちょうど雲谷派から蕭白様式に移る過渡期に作成されたと考えられます。また30歳ですでに高い画力を持っていた蕭白の技量を示す作品でもあります。

 

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雲谷等顔 筆『山水図屏風』紙本墨画淡彩 六曲一双 151.1×359.0cm 東京国立博物館蔵 重要文化財

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雲谷等顔 筆『山水図屏風』左隻 部分

 

 

 

 

 

 

 

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『松に孔雀図』紙本墨画 4面 171.5×86.0cm 三重県立美術館蔵

 

 

 

 

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『鶴図屏風』紙本墨画淡彩 六曲一双屏風のうちの左隻 173.8×396.2cm 東京富士美術館蔵

 

 

 

 

 

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『鷹図』紙本墨画 165.8×135.3cm ボストン美術館蔵(ウィリアム・スタージス・ビゲロ―コレクション)

 

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『鷹図』絹本着色 1幅 111.6×47.0cm ボストン美術館蔵(ウィリアム・スタージス・ビゲロ―コレクション)

墨画と着色の鷹図です。

 

上の鷹図は一瞬気がつかないが、左と右の下に大きく絵具か紙がはがれた痕が。しかしそれでもなお鷹の迫力は画面中に響いています。

 

下の鷹図は真っ直ぐ岩に止る鷹のシンプルな構図。丁寧な彩色で、墨とはまた違った格好良さがあります。

 

 

ドラマチックな墨の線使いと精細な着色表現はどちらも卓越しています。

 

 

 

 

 

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『龍図』絹本墨画 1幅 96.5x33.5cm ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館蔵

 

 

 

 

 

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左:『葡萄栗鼠図』紙本墨画 130.5×57.5cm 右:『牽牛花(朝顔)図』紙本墨画 130.6×57.3cm どちらも東京国立博物館蔵

2セットの掛軸。

 

七夕に彦星・織姫を載せて牛に牽かせる車に見立て「牽牛花」とも呼ばれるアサガオブドウ・クリ・ネズミという果物と動物。夏と秋の対比になる作品。

 

墨だけで多様な表現を可能にする、流れるような筆遣いが特徴の作品です。

 

 

 

 

 

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『蹴鞠寿老図』紙本墨画 1幅 109.4×44.4cm 京都国立博物館蔵

 

 

蹴鞠をする寿老人の画。

勢いはありますが、他の作品と比べると柔らかい筆致で輪郭が描き分けられています。 

 

動きが想像でき、思わず鞠を目で追ってしまうような作品。鞠を見上げる寿老人の顔つきが楽しそうでコミカルに見えます。

 

 

 

 

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『周茂叔愛蓮図』紙本墨画 111.0×52.0cm 三重県立美術館蔵

 

北宋の儒学者、周敦頤を描いた作品。

 

蕭白の人物がとしては比較的落ち着いた画風で、表情も穏やかに見えます。

”愛蓮”とは「愛蓮説」のことで、漢代から宋代までの古詩や文辞を収めた書物『古文真宝』に記載されている彼の論のことだと思われる。

 

 

 

 

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『双鶴図』紙本墨画淡彩 衝立? 130.5×92.0cm 三重県立美術館蔵

 

 

 

 

 

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『太公望図』紙本墨画 掛幅装 130.5×92.0cm 三重県立美術館蔵

呂尚を描いた作品。

 

一般には題通り、太公望の名で知られている。釣りの逸話が有名なため日本では釣り人の代名詞に使われます。

が、その実、出自や経歴はあまりわかっていません。

 

本図でも船に乗り優雅に釣りをする姿が描かれています。

 

 

 

 

 

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『酔李白図屏風』紙本墨画 六曲一隻 162.8×362.0cm ボストン美術館蔵(ウィリアム・スタージス・ビゲロ―コレクション)

 

”詩仙”と賞された唐代の詩人・李白がモチーフ。

 

彼は酒が大好物で、同時代の詩人・杜甫が『飲中八仙歌』で「李白一斗 詩百篇(李白が1斗の酒を飲むと百篇の詩が生まれる)」と詠ったように、李白に酒は欠かすことができないものと解され、酔仙として描かれ、「酔李白図」は格好の画題とした愛されました。

 

本図は、玄宗皇帝が楊貴妃と船遊びに李白を呼び出そうとしたとき、長安の町中の酒屋に眠り、天子(皇帝の使い)からお呼びがあっても船に乗らず、自らを酒中の仙なりと称したという逸話を元にしたとされます。

 

周囲の人に抱えられながらも大きな口を開けて笑いながら歩く李白の姿は滑稽に描かれています。背景の樹木や風景も変わらず、蕭白らしいデフォルメと筆致で描かれている。

 

 

 

 

 

 

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『商山四皓図屏風』紙本墨画金泥 六曲一双 ボストン美術館蔵(フェノロサ・ウェルドコレクション)

 

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『商山四皓図屏風』左隻 154.7×361.2cm ボストン美術館蔵(フェノロサ・ウェルドコレクション)

 

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『商山四皓図屏風』右隻 154.5×361.4cm ボストン美術館蔵(フェノロサ・ウェルドコレクション)

 

商山四皓」とは、中国秦王(始皇帝、在位前246~前221年)による圧政と国乱を避けるため商山に遁世した東園公・綺里季・甪里先生・夏黄公の4人を指し、中国儒学者にとって賞賛の対象であり、道士たちもまた四高士を不死の存在として尊んできました。中国だけでなく日本でも多く描かれてきた画題ですが、一定の様式はなく、画題の特定が困難だったそうです。*8

 

 

中国の伝統的な画題を多く描いている蕭白はどの画題にも独創的な表現技法を取り入れ斬新さを追求しています。

 

自由自在の筆遣いで迫力のある太い墨線、細密描写と完全な抽象性とのバランスを意識した画面構成になっています。

 

 

 

 

 

 

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『群童遊戯図屏風』紙本銀地著色 六曲一双 166.8×369.0cm 九州国立博物館蔵

 

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『群童遊戯図屏風』左隻

 

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『群童遊戯図屏風』右隻

 

蕭白には珍しい銀地の人物画。

 

川辺や牛の近く、柳のもとで子供達が楽しく遊ぶ様子が描かれています。

今はかすれわかりづらいですが、かつて背景が全て銀色だったことを考えると、手前ではしゃぐ子供達の鮮やかな色彩がより一層際立ちます。

 

最近まで模写しか確認されておらず、近年発見された幻の作品だったようです。

 

 

 

 

 

 

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『虎溪三笑図屏風』紙本墨画 二曲一隻 150.3×175.4cm ボストン美術館蔵(ウィリアム・スタージス・ビゲロ―コレクション)

「虎渓三笑」とは、中国故事の1つ。

 

東晋の僧・慧遠は廬山に東林寺を開き、俗世に繋がるとして30余年も虎渓橋より外に出なかったが、詩人の陶淵明と道士の陸修静が訪問した際、見送るときに話に夢中になってこれを渡り越し、虎の鳴き声で気付いて3人とも大爆笑したという逸話に基づきます。*9

 

日本でも室町時代に主に描かれた画題でした。

 

30代前半の密度の濃い画面や強烈な人物描写とは打って変わり、指先や輪郭は丸みを帯びた穏やかな線で描かれ、岩の形も単純化された傾向にあり画風の変化が見られます。

 

 

 

 

 

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『朝比奈首曳図屏風』紙本墨画淡彩 二曲一隻 165.4×180.8cm ボストン美術館蔵(フェノロサ・ウェルドコレクション)

剛勇無双といわれた朝比奈三郎義秀を題材にしたものと考えられているが、武者は坂田金時、行事は源頼光とする説もあります。また狂言の演目「首引」に、鬼の姫君にされそうになった源為朝が、鬼立ちとの首引による力比べに勝って、その難を逃れたというものもあり、正確な典拠はわかっていません。*10

 

 

腰には大岩をくくりつけた青鬼と、息を止め全身を紅潮させた武者の首引きの様子が描かれています。こちらに目をやる鬼は、首だけでなく手も使って綱を引こうとし、足で鬼を押し目を見開き口を結ぶ武者の対比構図になっています。

 

 

 

 

 

 

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『柳下鬼女図屏風』紙本墨画 2面 18世紀後半 東京藝術大学大学美術館蔵

 

黒髪をつかみ、顔をゆがめた女が鬼になった瞬間を描いた作品。

 

いわゆる鬼女というものは、女が恨み辛み・妬み嫉みを強く持ち続けるor持ったまま死ぬと変身してなるものとされています。

 

柳という霊的モチーフにふさわしい場所に立ち、ただならぬ形相と妖気を出す鬼女は、鑑賞者に衝撃を与えます。女の頭にはすでに角が生え始め、顔つきも変貌していますが、肝心の顔の中央部は剥落によりよく見えません。

 

鬼になるほどの思いを持っている女の哀れさがしみじみと伝わってくる作品です。

 

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『柳下鬼女図屏風』 部分

 

 

 

 

 

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『美人図』 絹本著色 1幅 107.6x39.4cm 奈良県立美術館蔵 奈良県指定有形文化財

 

最後に紹介するのは、今回唯一の美人画

 

しかし、破れた手紙を噛む彼女の表情は恨めしい

 

この絵のモチーフはかつて気を病み入水自殺をした古代中国の詩人・屈原のイメージを重ねたもの。よく見ると着物の柄は、中国の山水模様をしています。*11

裾から見える足の指の形状も特徴的

 

あくまで私の想像でしかないですが、この女性は恋人から別れを告げる手紙を受け取り、その裏切りと未練からこのような表情なのではないでしょうか。

 

数々の作品に寓意を込めた蕭白なので、もっと深い意味があるのかも知れません。

 

 

ちなみに上村松園がこの絵を参考にした絵を描いていると知ったのですが、恐らくこの絵だと思います。

 

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上村松園 筆『焔』絹本着色 1幅 190.9×91.8cm 1918年 東京国立博物館蔵

この絵は源氏物語の『葵』巻を元にした能楽「葵上」に取材したとされているので違うかも知れませんが、構図や表情に似たものがあると思いませんか?

皆さんはどう思いますか。

 

 

 

 

 

 

 

集められるだけ集めた蕭白作品をご覧いただきました。

 

さすが奇想の画家と呼ばれるだけあって、一世一代しか存在しない個性の塊のような作品群だったと思います。

 

ですが、やはり自分の目指す表現を行なうためにはそれ相応の下地となる技術が必要なわけで、そのあたりが蕭白の独創的な作品を支えている屋台骨なんだろうなとも思います。

 

 

そんな蕭白の作品をこの目で見たい!

そう思った方に良いお知らせが。

 

ちょうど今、東京都美術館で開催されている

「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」

で、曾我蕭白を始め、辻惟雄氏の『奇想の系譜』で紹介された伊藤若冲、長沢芦雪、狩野山雪、歌川国芳、岩佐又兵衛の作品を一同に見ることができます!

 

東京へ行ける方はぜひこのまたとない機会に足を運んでみてはいかがでしょうか!

 

www.tobikan.jp

 

 

 

参考文献・サイト

ja.wikipedia.org

bunka.nii.ac.jp

www.artgallery.nsw.gov.au

www.clevelandart.org

九州国立博物館 | 収蔵品詳細検索 | 群童遊戯図屏風

 

ボストン美術館 日本美術の至宝 図録

ボストン美術館 日本美術の至宝 図録

 

 過去に日本で開催されたアメリカ・ボストン美術館の日本美術品を集めた展覧会図録。

 

BRUTUS(ブルータス) 2019年2月15日号 No.886[死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100]
 

 現代美術家・会田誠氏が案内する日本の日本画・油絵等100選を解説とともに見ることができる。日本の美術の入門書としても使える本。

 

江戸のバロック

江戸のバロック

 

 江戸時代から明治初頭くらいまでの個性的な美術作品をまとめて紹介する本。日光登場群の陽明門を始め、『奇想の系譜』に登場する画家を中心に紹介している。曾我蕭白の部分は全体で見ると数ページ分のみ。

 

 

『ボストン美術館の至宝展 東西の名品、珠玉のコレクション』2017年7月20日発行 朝日新聞社

画像無し。名古屋ボストン美術館最後の展覧会の前半の図録。蕭白作品は2点のみ。

 

※脚注はページ一番下に掲載

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さて、いかがだったでしょうか?

 

久しぶりに力入れて書いたら、伸びに伸びて文字数まさかの1万2千字(;´Д`)

画像も多いので、ページが重かったら本当に申し訳ありません。

 

ちょっと反省。

作品解説をいくつか飛ばして少し短くしましたが大して変わりませんでした・・・

まあこれを機に少しずつまた記事を書いていこうと思います!

 

 

こんなに長い記事を最後まで読んでくれた方、もしもいましたらありがとうございます。

 

 

 

それではまた!

(。・_・)ノ

 

 

 

新版 奇想の系譜

新版 奇想の系譜

 
奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)

奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)

 
若冲 蕭白 芦雪…&其一にドキッ!  奇想の画家たち (日経ホームマガジン)

若冲 蕭白 芦雪…&其一にドキッ! 奇想の画家たち (日経ホームマガジン)

 
もっと知りたい曾我蕭白―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

もっと知りたい曾我蕭白―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

 
荒ぶる京の絵師 曾我蕭白

荒ぶる京の絵師 曾我蕭白

 

 

 

*1:桃澤如水 「曾我蕭白」、『日本美術 第85、86、88号』収録、1906年。『三重県史談会会誌』1911-12年に如水の友人三村秋良によって増補され再掲載。

*2:安西雲煙 『近世名家書画談』一編、天保元年(1830年)刊

*3:『ボストン美術館』日本美術の至宝 2011年3月20日発行 230p61番

*4:『ボストン美術館』日本美術の至宝 2011年3月20日発行 230p62番

*5:『江戸のバロック 日本美術のあたらしい見かた』2015年12月30日発行 監修・谷川渥 河出書房新社 48p

*6:『ボストン美術館の至宝展ー東西の名品、珠玉のコレクション』2017年7月20日発行 朝日新聞社 87p

*7:『ボストン美術館の至宝展ー東西の名品、珠玉のコレクション』2017年7月20日発行 朝日新聞社 87p

*8:『ボストン美術館 日本美術の至宝』2012年3月20日発行 232p66番

*9:『ボストン美術館 日本美術の至宝』2012年3月20日発行 232p67番

*10:『ボストン美術館 日本美術の至宝』2012年3月20日発行 232p64番

*11:『BRUTUS』2019年2月15日号 (第40巻第3号) (株)マガジンハウス 53p